
映画『勝負』、ついに3月26日公開!
Netflixではなく、映画館での公開が決定
俳優イ・ビョンホンとユ・アインが、それぞれ棋士の趙薫鉉とイ・チャンホを演じる映画『勝負』が2025年3月26日に公開されることが決定しました。

本作は、韓国囲碁界を代表し「国手」と呼ばれた趙薫鉉(イ・ビョンホン)と、その弟子イ・チャンホ(ユ・アイン)の師弟対決の実話をモチーフにした作品です。新型コロナウイルスのパンデミック下にもかかわらず、トップ俳優を起用し2021年4月に撮影を終えました。当初、本作は2023年に劇場公開ではなくNetflixでの配信が決定され、話題を呼んでいました。
しかし2023年2月、主演俳優ユ・アインが薬物使用の容疑で取り調べを受け、公開が延期されました。その後2023年9月に懲役1年の実刑判決を受けて収監されると、Netflixは作品の配信を保留としました。ユ・アインは実刑判決後に控訴し、2025年2月18日に執行猶予付きの判決を受けて釈放されました。釈放と同時に2月19日に予告編が公開され、公開日が決定されました。
波乱の末に公開が決まった本作。予告編
予告編を一緒に見てみましょう。
一連の出来事によりユ・アインの出演シーンは限られていますが、予告編で見られるイ・ビョンホンの演技力は、すでに二人の演技派俳優の対決を期待させるものとなっています。また、本作のタイトル『勝負』とその内容は、1991年にMBCで放送されたドキュメンタリーからインスピレーションを得たとされています。興味のある方は、このドキュメンタリーを日本語字幕で視聴してみてください。
インスピレーションになったMBC『勝負』
1991年にMBCで放送されたドキュメンタリー
最後にKittoファンの皆様へ、映画をより深く理解するためのシノプシスをお届けします。 あくまでも予告編とドキュメンタリーをもとにした、筆者の想像による脚本であることをご理解ください!
シノプシス:神の座から挑戦者へ
絶対者の時代
1980年代初め、韓国囲碁界には「神」と呼ばれる人物がいた。
「囲碁の神と打っても負けることはないだろう」
趙薫鉉のこの言葉は、驕りではなく真心からのものだった。それほど彼は自身の囲碁を完璧に信じていた。そして、実際にそうだった。 しかし、神の座は時として孤独だった。もはや学ぶべきものがない、負けるはずがないという確信は、いつしか彼の囲碁を取り巻く見えない壁となっていた。
純粋な挑戦
ある日、一人の少年が彼の道場を訪れた。
「おじさんの囲碁が一番強いって聞きました」
イ・チャンホという名の少年は、澄んだ目で尋ねた。趙薫鉉はその質問の中に、長い間忘れていた何かを思い出した。囲碁への純粋な情熱、より強くなりたいという単純かつ強烈な欲望を。
「そうだ、俺が一番強い。お前も俺のように強くなりたいのか?」
「はい!おじさんのようになりたいです!」
その時まで趙薫鉉は知らなかった。この少年が自分の囲碁人生を完全に揺るがす存在になるということを。
挑戦者の眼差し
時は流れ、少年は成長した。今やイ・チャンホの目つきは変わっていた。
「もはや学ぶだけではありません。勝ちにいきます」
1989年BCカード杯決勝、師の前に立った弟子の宣言だった。趙薫鉉はその瞬間、イ・チャンホの目に昔の自分を見た。頂点を目指す強烈な渇望、一片の揺らぎもない勝負師の眼差しを。 対局は弟子の勝利に終わった。神は崩れ落ちた。いや、新しい神が誕生する瞬間だった。
崩壊と再起
「今は誰にでも負けることがある」
趙薫鉉は初めて認めた。自分の限界を、囲碁の無限性を、そして成長の可能性を。最初、この気づきは彼を打ちのめした。頂点からの転落は苦痛だった。
しかしこの崩壊は彼に新たな始まりをもたらした。
「今度は私も挑戦者になってみます」
もはや神ではなく、一人の囲碁愛好家として彼は再び歩み始めた。今度は弟子から学びながら、時に勝利し、時に敗北しながら。
人間の勝利
「先生、また私が勝ちました」
「ああ、よく打った。でも次は私が勝つぞ」
今や彼らの会話に上下関係はなかった。師弟ではなく、囲碁を愛する二人の人間として、彼らは互いを高め合いながら成長していった。
趙薫鉉にとってイ・チャンホは単なる弟子ではなかった。彼は自分を人間に戻してくれた存在だった。
完璧な神から、不完全だが成長し続ける人間へ。そしてこれこそが真の勝利だった。
「チャンホから学んだのは囲碁ではありません。人間の限界、そしてその限界を超えようとする挑戦の美しさを学びました」
後日、趙薫鉉が残した言葉である。彼の眼差しはもはや孤高な神のものではなく、永遠の挑戦者のものとなっていた。
終わり。
Special Thanks to MJ, Rudia
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